FC2ブログ


官僚たちの夏

官僚たちの夏 / 城山三郎


高度経済成長期幕開け60年代初めの日本の経済政策を担っていた通商産業省で、”ミスター通産省”と呼ばれる風越信吾を中心とした官僚たちの激闘を描いた作品。

09年にドラマ化もされているのですが、かなり原作とは内容が異なっていました。

原作が通産省内の風越人事にかなりフォーカスされているのに対して、ドラマでは風越が政策実現のために泥臭く足を動かすところを中心に描いています。

この作品は、僕にとって2つの意味で興味深かった。

まず、1つめは、いわゆるキャリアと呼ばれる官僚たちの実情が描かれていること。

やはり、風越はじめ通産官僚たちがみな天下国家の為に、文字通り「死ぬ気」で働いている。

その意志と行動力があってこそ、今日の日本がある。

今の日本人は少なからず、敬意を払うべきだと僕は思う。

また、出世競争の激しさ。血生臭い人間関係。

そうした煩わしさを吹き飛ばす、大雑把で大胆な風越の性格が本作品では際立って見えるわけだが、そうした風越の奔放な人間性も最後に報われたとは言い難い。

2つめは、60年代の経済政策についてである。

伝統的な国際貿易論では、自由貿易こそ最も効率的に資源を配分する政策だとされている。

本作品でも、片山や玉木という”国際派”が自由貿易を唱えているが、主人公の風越はじめとする多くの登場人物は、それとは逆の国内産業保護派である。

どちらの言い分も相応であるが、この時代に適していたのは風越たちの保護派であったことは、日本経済発展の歴史が物語っている。

つまり、どんなフェーズでも自由貿易がベストな政策とは限らない。

特に発展途上国が経済発展を遂げるには、自国の財やサービスの国際競争力をつけるためにも幼稚産業保護が必要となる。

しかし、ここで特筆すべきは2点。

まず、必ずしも保護貿易をしたからと言って途上国が経済発展を遂げられるとは限らない。

むしろ、戦後20年でGNP世界第2位となった日本ほどの成功を収めた国はいない。

これは、産業保護に、日本人の勤勉性や国益のために挙国一致で努力する国民性が相まって起こった奇跡と言える。

次に、経済成長と保護政策を両立することの政治的困難性である。

経済発展を続け、国民の消費力も拡大する日本は外資から見れば魅力的な市場に映って仕方がない。

しかし、いくら驚異的な経済発展を遂げているとはいえ、この頃の日本市場に外資が参入すれば国内産業が壊滅するのも当然である。

こんな状況で保護を主張するのは外国からすれば日本は身勝手極まるが(実際、「ノトーリアス・ミティ=悪名高き通商産業省」と揶揄されていた)、そんな状況で外資を規制し国内産業発展のための政策を続けた通産省なくして今日の日本はあり得ないということである。


僕は民間企業に就職しますが、日本の為になる仕事がしたいという強い想いは強く持ち続けたい。

舞台は違えど、刺激になる作品でした。
スポンサーサイト



2010.12.27 Mon l 書評 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://ryryry.blog57.fc2.com/tb.php/1071-e4be6997
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)