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2011年3月23日、僕は一橋大学を卒業した。

この4年間は、今までの、そしてこれからの人生の中でも、とびきり充実した4年間だと思う。

僕の半生を大学受験時代から振り返ってみようと思う。




2005年当時、高校3年生のぼくは、ひたすら勉強ばかりしていたガリ勉くんだった。

ひたすら勉強の日々。

楽しみは、学校で友達と話すこと、体育の授業や地元の公園に集まってバスケをすること、テレビを見ること、飯を食うことくらいだった。

高校1年まで持っていたが、不要と判断して解約していた携帯電話は、高校3年の途中まで持っていなかった。

携帯も持たず、バスケに遅刻する僕はいつもみんなから早く携帯を持てと言われていた。

女の子と話した合計時間は、中高浪人時代の7年間合計でリアルに1分間くらいだと思う、共学なのに。むしろ驚愕。

服なんて大学に入るまでろくに買ったこともなかったし、高2の時にユニクロで服を買ってちょっとオシャレになったと思ってた。

本もほとんど読まなかったし、映画を能動的に見ようと思ったのはバック・トゥー・ザ・フューチャーくらいだった。


ひたすら勉強ばかりしていた。

そんな日々を嫌に感じたことはなかった。

今思えば僕の世界はとてつもなく狭く、勉強ばかりしているのもそれは当然のことだと思っていた。

そんな努力の甲斐もなく、一校に絞った一度目の大学受験は残念な結果に終わってしまう。

そして始まった浪人時代も高校時代と大して変わらなかった。

予備校の授業はつまらなく、よくサボって下北沢をぶらぶらしていたが、そのうち都心の予備校に通うのも面倒くさくなって地元の校舎に籍を移し、授業に出ても内職ばかりしていた。

無常の日々が過ぎ、2度目の大学受験がやってきた。

さすがにほとんどA判定だったので受かると思っていた東大にまさかの不合格。

その前に受かっていた慶應大学に行くことになるのかと思っていたが、願書を出していた一橋の後期試験を受けることにした。

実は、ここで一悶着あって、東大の前期試験が終わってから全く勉強していなかったので、過去問を見たことすらなかった一橋の後期に受かる自信はなく、受けるのをやめようとすら思っていた。

そのことで親とも喧嘩したのだが、それでも受けるだけ受けようと思って家を出た。

後期試験当日、初めて行った国立駅は思っていた以上に小さく、改札を出て少し歩いた大学通りは桜が満開だった。


あぁ、なんて素敵な街なんだろう。


これが国立の第一印象だった。

入試問題は個人的には簡単に思え、英語も数学もほとんど迷わず解答出来たし、小論文も上手く書けてまさに会心の出来。

それでも、そんなに簡単に合格出来ないだろうと思っていたので、慶應大学に行くつもりで入学金を振り込んだ。


2007年3月23日、ちょうど卒業する4年前、インターネットで見た合格者発表の掲示板に僕の番号は載っていた。

急いで母親と大学に行き、入学の手続きをした。

時刻も遅く後期試験と言うことで、掲示板はひっそりとそこにあったが、手続き会場までの道のりにはサークルや部活の勧誘をしてくる人たちがいて、一通りの祝福の声を受けた。

長かった受験生活を終え、僕は一橋大学の学生になった。


大学生活には、何も期待していなかった。

高校時代の友達は大学なんてつまらないというし、みんな部活やサークルには入っていないみたいだった。

かくいう僕も、大学生は勉強せずに、バイトをして、ダラダラ過ごすというイメージしかなかった。

勉強だけの僕に趣味はなかったし、女の子とも話せなかったから、部活やサークルの新勧イベントには一切行かなかった。

体重が90kg以上あったのでアメフトとプロレス研究会にはやたら誘われたが、痛いのは嫌だなと思って飲み会には行かなかった。


部活やサークルには入るまいと思っていた僕だったが、友達は欲しかったのでクラスの人とは仲良くしようと思っていた。

ところが、クラスの友達はみな部活やサークルを始め、週に2度、1時間半の授業だけで顔を合わせるクラ友よりも、毎日顔を合わせる新しいコミュニティにどっぷり浸かり始めた。

僕は少しだけ焦った。


一橋大学の新入生には3つの新歓イベントがある。

スポ大(スポーツ大会)、クラチャン(ボートレース)、KODA祭である。

スポ大もクラチャンも特に盛りあがることもなく終わり、5月の半ばからKODA祭の準備にとりかかった。

うちのクラスはタコス屋をやることになり、僕は言われるがまま、屋台の屋根を作る班に入れられた。

班のメンバーは各々部活やサークルで忙しそうだったが、暇な僕は準備の時間には毎回顔を出していた。

そこで同じ班の女の子と話すようになり、僕は恋に落ちた。


無趣味、無所属、女の子と話したこともなく、太っていた僕は、自分にコンプレックスしかなかった。

生まれて初めてとも言える初恋(初恋と言うのだから当たり前か)。

僕は自分を変えなければ、振り向いてもらえないだろうと思って必死だった。

まずは、体型を変えねば。

決意したその日から、毎日、1000kcal以下の食事、5kmのランニング、腕立て伏せと腹筋を100回、ヘルシア緑茶、というノルマを課した。

そんな生活を3ヶ月続けた頃には、体重は30kg減っていた。


映画を見るようになった。

気になる子と映画の話をして、全く話せなかったことが悔しかったからだ。

次に映画の話をする時は、「あ、それオレも見たことあるよ」と言って少しでも長く話をしたかった。

映画なんて全く興味がなかったから、何を見れば良いのかも分からず、ひたすらTSUTAYAで目に入った映画を借りては見た。

月に20作くらいは見ていた。

その子に告白する前に2人で映画を見に行ったのだが、その頃はもうちょっとした映画通を自称していた(笑)。


本も読むようになった。

僕は埼玉以外では名の知れていない私立高校出身、彼女は有名な女子高出身だった。

メールをする時に、変な文を書いて恥をかきたくなかった。

何でもいいからとにかく本を読み始めた。

彼女が、伊坂幸太郎が好きだと言えば、伊坂幸太郎の本を1日1冊ペースで10冊くらい読んだ。

自分は経済学部だし、経済について知らないとまずいと思って、親父の書斎からそれらしい本を借りては読んだ。

ここだけの話、僕が商社に行きたいと思ったのは、山崎豊子の「不毛地帯」を読んだのがきっかけだ。


ギターをはじめた。

高校の友達に遊びでバンドに誘われて、当時他にやることもなかったから快諾したのがきっかけだった。

それまでギターなんて興味なかったし、ベースなんて存在すら知らなかった。

とりあえず、地元の楽器屋に行って安いギターを買い、曲をコピーするために四苦八苦し、全く形にならないまま本番を迎え、めちゃくちゃな演奏をしたが、それなりに楽しかった。

彼女は高校時代に軽音を少しやっていたらしく、バンドの話が少し出来て嬉しかった。

せっかくギターも買ったし、これで辞めるのもなんだかなぁと思って、僕は大学のバンドサークルに入ることにした。

このサークルが、僕の大学生活の宝物になるわけだが。


夏休みは、ひたすら塾講師のバイトと、自動車免許をとるために教習所に通った。

デートするためには資金と車の免許が必要だろうと思っていたからだ。

そして相変わらず、走っていた。

この頃から、ファッション雑誌を買って読み始めた。

それまでろくに服なんて持っていなかったから、何とかしなければと思った。

週に2,3回、原宿に行くようになり、そのうち、古着がカッコイイと思うようになった。

痩せてきてからようやく店においてある服が着れるようになって面白くなってきていた。


そうこうしているうちに、夏休みも終わって冬学期が始まった。

自分で言うのもなんだが、この頃はもう大学入学時と別人になっていたと思う。

秋には一橋祭があり、僕は高校時代の友達と5人でホストの恰好をして焼肉を売った。

焼肉と言っても肉だけだと原価が高くてボリュームもないので、野菜を入れまくったらむしろ野菜炒めに少し肉が入っている料理になったが、構わず売った。

3日間売って利益は1人6000円くらいだったので、バイトをした方が割は良かったが、それは別としてとにかく楽しかった。


一橋祭が終わって、ようやくバンドサークルのイベントに出ることになった。

フォークソングクラブ(FSC、フォーソン)という、さだまさしでもやるのかなと思っていたサークルに入ったのだが、実際はアニソンからメタルまで色んなバンドをコピーするサークルだった。

きっかけはクラ友がいたからという単純な理由だった。

前述の通り、音楽に興味がなく、本当に好きだったのはミスチルと尾崎豊くらいだったので、みんな音楽に詳しくて正直焦った(当たり前だが笑)。

それよりも、ただ名字が「中山」というだけで、入部して15分くらいであだ名が「中出し君」になったことのほうが印象的だったが、途中から入ったうえに音楽も分からない僕を受け入れてもらえてとにかく嬉しかった。

バンド練は週に一度、2時間部室で音合わせ、その後アフターで飯を食いに行くという感じだった。

それまでサークルらしいことをした経験がなかったので、楽しかった。

大学の先輩とご飯を食べるということがもう新鮮で、毎週楽しみだった。

ライブ当日は、自分の演奏は無難に終わったという感じだったが、とにかく他の人たちの演奏がすごくて驚いた。

あ、バンドってこういうものなのか、とそこで初めてバンドというものを知った。

とても自分に出来る気はしなかったが、何だかんだ言ってみんなに「中出し君!中出し君!」と呼ばれて面白がられたので、なんか楽しくて、嬉しかった。

そういうこうしているうちに年が明けた。


年が明けてからはバイトを増やし、飲食店でも働き始めた。

相変わらず映画を見て、本を読み、サークルの人に薦められるがままに音楽を聴き、夜は走っていた。

春休みにサークルの合宿に行ったのが決定打だった。

今でも仲良くしてくれている、かみひがしさんと一気に仲良くなり、格ゲーを通してすぎもとさんと話すようになり、コンパで素っ裸になる人が続出するのを見て再認識した。このサークル終わっていると。


春休みの終わりに、好きだった子に告白した。

OKしてもらえたのだが、1ヶ月後に振られてしまった。

その時はショックだったが、立ち直りも早かった。

フォーソンが楽しくて仕方なかったからだ。

それに、彼女のおかげで僕はすごく成長できたと思った。

彼女がいなかったら、僕はいまだに太っていて、映画や本の面白さに気付くこともなく、バンドでギターをやることもなく、当然フォーソンのみんなとの光り輝くような日々を送ることもなく、女の子とも話せなかったかもしれない。

自分を変えるきっかけを作ってくれて、今でも感謝している。


大学1年は今の自分の基礎を固め大きく成長できたように思うが、大学2年は人生で一番楽しい一年だった。

素敵な人たちと素敵なバンドをたくさん組めた。

KODA祭のEvanescence、兼松ライブのJUDY AND MARY、一橋祭のYUI、Nickelback、冬定の矢井田瞳、しょこたん、卒コンの邦楽、春合宿のDeep PurpleとMichael Schenkerが印象的だった。

本当に素敵なメンバーと、時にクオリティの高い演奏も出来た(僕以外ね)。

素敵な先輩方に可愛がってもらい、可愛いくて初々しい一女と仲良くなった。

ほとんど勉強もせず、映画をたくさん見て、音楽をたくさん聴いて、バンドをたくさん組んで、アフターが楽しくて、誰かの家で飲みまくって朝家に帰って、もうとにかく毎日が輝いていた。


そうして二度目の恋に落ちた。

あまり詳しくは書けないけど(笑)、尊敬できる方と付き合えた。

色んなところに遊びに行ったけど、どれも新鮮だったし、一緒にいられるだけでとにかく幸せだった。

何度も夜行バスで6時間かけて名古屋に行ったのも良い思い出。

おかげで名古屋が好きになった(笑)、良い街だと思う。


結局、実質1年少しお付き合いして別れてしまった。

本当は色々書きたいことはあるのだけれど、色んな人が見ていると思うので、これ以上書きません(笑)

僕はとにかく幸せだったし、感謝しています。

僕の器の小ささで傷つけてしまったこともあったんだろうなぁと後悔していることもある。

それも含め、色んな思い出を心の中でずっと大切にしまっておきたいと思う。


ただただ楽しく光り輝いていた大学2年が終わり、大学3年は悩みや不安がつきまとう一年だった。

3年になると、ゼミが始まった。

2年まで真面目に勉強していなかった僕は、せめてゼミくらいは頑張ろうと思い、シビア(ゼミ活動が大変)と呼ばれる国際経済学の石川ゼミに入り、幹事を務めた。

伊藤元重先生の500ページあるテキストを3回のゼミで終わらせ、ポール・クルーグマンの分厚い洋書のテキストを毎週30ページくらいのペースで進めていった。

それが終わると、3人一組でグループ論文を執筆し、ゼミではパワポでプレゼンした。

色々大変だったし、論文のクオリティもそこまで高くなかったけど、ゼミだけは最後まで一貫して頑張れたと思う。


大学3年は就活も力を入れた。

僕は結構危機感を持っていたので動き出しは早く、3年の6月時点で慶應生対象のセミナーに行き、マッキンゼー、経済産業省、三菱商事の社員や内定者の話を聞いて、衝撃を受けた。

世の中にはこんな凄い人たちがたくさんいるのかと。

そこからはゼミと両立して、就活も意識した。

夏休みはベンチャー企業で3週間働き、メガバンクや生保の会社のインターンなんかに参加してグループワークをしまくった。

秋からはゼミのグループ論文を頑張る一方で、セミナーに足を運んで色んな話を聞き、社会の仕組みが少しずつ見えてくるような気がした。


フォーソンは相変わらず楽しかったけど、将来への不安が一抹あって、大学2年の時みたいに手放しで楽しめなかった。

それでも夏休みにみんなで海に行ったり、合宿に行ったり、コンパに出たり、かの君の家で宅飲みしてる時は手放しで楽しかった(笑)

そうして年が明けて、2010年になった。


年が明けてからは、就活一筋。

OB訪問をして、説明会に行って、リクルーターに会って、面接を受けて。

大学3年の夏くらいから、自分はどういう人間なのかを考えて、それを上手くアウトプットする方法を模索していた。

面接は、その成果を出す場所だった。

ハードスケジュールを駆け抜けて、4月に3社から内定をいただき、希望していた商社への就職を決意した。

ゼミやサークルの仲間、先輩をはじめ、多くの人にお世話になった。

内定への不安が解消され気付けば最高学年になっていた。


大学4年は、とにかく思い残すことないように活動した。

4月は、ゼミのソフトボール大会で全体3位。

5月は、ゴールデンウィークに岐阜出身のゼミテンの実家にドライブして行き、長良川でラフティングをした。

6月は、ワールドカップを後輩の家でプライベートビューイングしたり、親父のいる中国に1週間ほど滞在したり。

8月は、鈍行で西日本まで行き、京都、高松、広島、岡山、静岡を5日間周遊し、その後、1ヶ月間イギリスに短期留学した。

9月は、イギリスから帰ってきてすぐにゼミの合宿で卒論のプレゼン。

10月から1月は、毎日大学の講義とベンチャー企業での営業、一橋祭、冬定でバンドを組み、卒論、韓国でインゼミ、英会話学校、中国語学校、内定者研修、TOEICや簿記などの資格試験、とハードスケジュールな日々だった。

それでも、可能な限り飲んで遊んだ。

一橋祭で久しぶりにバンドを組んで、自分が最高学年であることに戸惑いつつも、気付けばめちゃくちゃ楽しくて、あ、やっぱりフォーソンは自分にとって宝物だなと再認識。

一緒にバンド組んだ一年生とは仲良くなれて本当に良かった。

2月から3月は、1月までの生活に加えて北海道旅行、マレーシア旅行、バリ旅行と旅行続き。

春合宿と伊豆旅行が中止になってしまったのは残念だった。




大学4年間を振り返れば、勉強は疎かになってしまい、それが悔やまれるけど、勉強しかしてこなかった大学入学前の僕には想像出来ないくらいたくさんのものを得た。

自分を変えようと必死になった。

素敵な映画をたくさん見た。

本を読んでいる時間が至福になった。

たくさん走った。

思い出に残る音楽をたくさん聴いた。

一生付き合っていきたい先輩や仲間と出会えた。

お腹が痛くなるほど笑えた飲みを数えきれないくらい繰り返した。

キラキラした大学4年間だった。

ここでは簡単にしか振り返れなかったけど、ここには書ききれないくらいたくさんの素敵な思い出ができた。



こんなに恵まれ過ぎた環境に囲まれ、これから社会人になってどうなるんだろうと心配だけれど、大学入学前の自分が今の自分になれたように、まだまだ未熟な今の自分も会社に入り社会に出て成長していきたいと思う。


本当に、本当にありがとう。


僕は幸せすぎました。



そして、さようなら、大学生の自分。



もう、僕は大学生じゃないんだ。



これからは、誠意と責任を持って、社会に貢献していこう。



そんな僕を、これからもどうぞよろしく。



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2011.03.23 Wed l そして普通日記 l コメント (8) トラックバック (0) l top

コメント

通りすがりです。

とても充実した大学生活を過ごしたんですね。

4月から大学生なんですが、僕もあなたのように大学生活を楽しめるように頑張りたいと思います。
2011.03.25 Fri l カラケ. URL l 編集
卒業おめでとう
大変ご無沙汰しています。
キミが大学受験生だったころに、ブログに時々コメントをさせてもらっていた、東大86年入学のおっさんです。
こちらのブログをときどき拝見していました。あっという間に4年たってしまいましたね。
充実した学生生活を送っているなあ、とうらやましく感じながら読ませていただいておりました。
4月からの新生活、ご活躍を期待します。これからの日本を支えていくのはキミだ!
2011.03.25 Fri l D. URL l 編集
No title
通りすがりのらです。

ダイエットのとこがオレと被り過ぎててワロタww
でも、今なら片思いしてたアノ子にも、ありがとうと言えるね!

水臭いことは言えないからアレだけど、また飲みましょうねー。
2011.03.25 Fri l ra. URL l 編集
No title
>カラケくん

コメントありがとう。

これから大学生なんですね、いいですね。

やりたいことは全てやる!これに尽きると思います。

勉強にスポーツに趣味に恋に全力で駆け抜けて下さい^^
2011.03.25 Fri l ルルル. URL l 編集
No title
>Dさん

御無沙汰しております!

ブログ見て下さっていたんですね!

コメント欄見てまさかと思いましたが、感激です。

思えば、受験生時代からブログだけは続けてました。

就活を経て、月並みですが社会人の方々が如何にすごいかを実感しました。

まだまだひよっこな私ですが、これからもアドバイス等して頂ければ幸いです。

よろしくお願いします!
2011.03.25 Fri l ルルル. URL l 編集
No title
>通りすがりの羅さん

そうですね、本当に感謝です。

羅さんにも感謝していますよ、これからもよろしくお願いします!

飲みましょう!
2011.03.25 Fri l ルルル. URL l 編集
No title
通りすがりのおおえです

中山と二人で3年の時にスキー合宿に参加したのはいい思い出です。考えてみりゃ1年のクラスも一緒だったね。人生まだまだ長いっすけど、お互い頑張りましょう!!
2011.03.26 Sat l . URL l 編集
No title
>通りすがりのおおえ

そうだな!とりあえず、おおえは禁煙頑張れよ!笑
2011.03.27 Sun l ルルル. URL l 編集

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