FC2ブログ


クルーグマンの視座―『ハーバード・ビジネス・レビュー』論考集

クルーグマンの視座―『ハーバード・ビジネス・レビュー』論考集 / ポール R. クルーグマン


「花失せては面白からず」がペナルティ課題だったのですが、誠意を見せるため、国際経済学に関する本の書評も行ったので載せます。
ここ2日間は、2つのセミナー・インターンに行きつつ、「花失せては面白からず」、「クルーグマンの視座」、先輩の卒論5万字を読んでレポート・プレゼン、読むのはいいけどアウトプットが大変でした。




2008年ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンがハーバード・ビジネス・レビューに書いた経済論文とインタビューを収めた「クルーグマンの視座」(ポール・クルーグマン著 北村伸行訳 ダイヤモンド社 2008)の書評を行う。現代の国際経済学者として最も著名な人物の一人として挙げられるであろうクルーグマンの、現代の世界経済に関する俗世的な一般認識の誤りへの批判がされている。書評として、まず簡単な本の要約、次に本の内容の感想と批評を述べる。
 さっそくだが、本書の要約を行う。本書は第四部構成となっており、そのうち三部が経済論文、一部がインタビュー形式となっている。
前者においては、
①1997年以降アメリカにおいて高成長がなお続くとする「ニュー・エコノミー」論に対し、アメリカ経済の現状を検証しつつ、この楽観主義に基づく新説の誤りを追求。
②ビジネスの世界で経済テーマの議論が活発に行われる風潮に対し、国の経営運営と企業経営の基本的な違いから説き明かし、経済学者として何が問題かを論じる。
③1990年代以降、新興工業国など第三世界の成長に対して先進国がこれを脅威と見る論調に対し、モデルを用いて脅威論の論拠に反証する。
後者においては、中国脅威論に対して、経済の基本原理に照らしながらこのような杞憂や誤解を論理的に喝破する、というのが大まかな内容である。
本書を読んだ私の感想は、さすがクルーグマンと言ったところである。クルーグマンの偉大な点は、思うに、経済の理論モデルを分かりやすくシンプルに説明している点にある。以下、各章に対するより詳細な内容紹介と私の感想、批評を併せて述べていく。
第一章に関しては、ベビーシッター制という単純な例を挙げて、インフレとデフレ双方を回避するような引換券としてのキャンディスティックの総供給量のバランスを取るのが連銀の役割であるということを説明している。単純な例を挙げて事象を説明することが出来るのは、想像以上に難しく、それだけ物事の本質を理解していることを意味している。この点において、クルーグマンの洞察力の高さを窺うことが出来る。
第二章では、企業経営と国の経営運営が別物であるとして、ビジネス界では一流のCEOであっても、国の経営運営において必ずしも的確なアドバイスはできないと述べている。実は、私が読む前から本書で最も興味を持っていたのがこの章であった。純粋に、企業経営での成功手法を国の経営に応用すればよいと考えるのは至極当然のように思える。しかし、クルーグマンによれば、そもそも国の経営と企業経営には本質的に性質が異なるのである。すなわち、前者はクローズド・システム、後者はオープン・システムであり、分かりやすく違いを説明するならば、企業が市場のプレイヤーならば、国はその市場の管理者であるということだ。国と企業の違いがクローズド・システムおよびオープン・システムによる違いであるという説明は、私には非常に分かりやすく、大きく経済学と経営学の存在意義の違いまでも把握した心持になった。それまで、経済学と経営学の違いは、視点がマクロ的かミクロ的か、論理が数学的なモデルや実証によって証明されているか否かの差であるという認識であったが、加えて、利益の追求・雇用への影響・成長という観点から見ても、経済学と経営学とでは扱う意味合いが異なるのだと解した。したがって、非常に勉強になる内容であった半面、私は依然としてビジネスリーダーが国の経営に貢献できる部分もあるのではないかと思う。無論、この章でクルーグマンが伝えたかったことは、国の経済に対する行き過ぎたビジネス界の妄信的な期待感への警笛とでも言えるだろうが、国の経営運営にもおそらくビジネスと同様、一種の「勘」のようなものが必要であり、それこそ、学者と実践の経営者との違いでもある。つまり、執拗なまでに慎重な議論よりも、時に経営者の持つ直感が功を奏す場合も否めないと私は思う。とはいえ、やはり国の経営と企業経営を同一視する経営者の経済への助言に信憑性がないことは、クルーグマンが言うまでもなく自明だろう。
第3章は、90年代以降の新興工業国など第三世界の成長に対し、脅威と懸念する世論に対し、簡単なモデルと統計データを用いて、生産性、賃金格差、海外投資の観点から先進国に及ぼす悪影響はそれほど大きくないことを示している。そこから、クルーグマンは、途上国の経済発展の芽をつぶすべきではないと暗に示しているのであろう。この章も私にとっては、「なるほど」とただ頷いてしまうものであった。しかし、第三世界の成長に対し楽観的なクルーグマンの姿勢にも少し違和感を覚えた。経済発展の歴史は、常に後進国の劇的な経済発展によって塗り替えられてきたものであるという認識があるからである。その辺りについても言及してもらえたら尚良かったかもしれない。
総括としては、国際経済学の初歩をほんのかじった程度の私にも分かりやすく説明されている点、また、世間一般で常識と考えられている認識へのアンチテーゼという点が、非常に評価できる本であると思う。

以上
スポンサーサイト



2009.12.25 Fri l 書評 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://ryryry.blog57.fc2.com/tb.php/794-82662a1f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)